デバイス開発ヒストリー
光デバイス(5)~波長掃引光源~
今回はセンシング用光源として幅広い分野での応用が期待される、波長掃引光源開発ストーリーを紹介します。
波長掃引光源開発のきっかけ
1980年代後半、半導体プロセスによるマイクロマシニング技術を用いて、ミクロンサイズの微小な機械を作ることが可能であると報告されました。これはMEMS(Micro Electro Mechanical Systems/微小電気機械システム)とよばれ、以降さまざまな機構が提案されました。車載用の加速度センサや圧力センサはその最初の応用例で、シリコン基板にダイヤフラム構造を作成し電子回路も同一基板上に形成することで、低価格を実現しました。現在では自動車用各種センサをはじめ、血圧計など医用分野にも広く使われています。またインクジェットプリンタのヘッドにも利用され各家庭に普及しました。さらに、光学分野においてもその応用範囲は広く、MEMSの微小ミラーを内蔵したディスプレイが実現しているほか、光通信用スイッチやアッテネータにも搭載されています。

MEMSの応用例
このようにMEMSは応用範囲が広く、当初から将来性がある技術として注目を浴びていました。当社では以前から光ファイバなど線材の外形を測定するレーザ外径測定機を製品化しており、そこに磁気駆動タイプの音叉型光スキャナが使用されていました。そこにMEMS方式を適用し、性能改善検討を始めたことが開発スタートのきっかけです。得意分野であった電磁界解析シミュレーション技術が応用できることも強みでした。MEMS技術開発着手にあたり、1997年からこの分野のパイオニアである大学の研究室でご指導を頂きました。この研究室では加工装置を所有していたこともあり、国内外各社から研究員が派遣されていて賑やかでした。
MEMS使用上の課題のひとつに駆動方式があります。櫛歯型アクチュエータは対向する電極に電圧を印加すると静電力が発生することを動作原理としており、メジャーな方法です。我々は大学から持ち帰った技術を基に同方式を試作しましたが、ベースとなる技術蓄積に乏しかったこともあり、動作はしたものの狙った性能は得られず断念しました。そこで磁力を使って機械的な共振を利用する方式に変更しました。

試作したアクチュエータ
光スキャナの開発
シリコン基板を元に開発されたMEMSミラーが下図(a)になります。中心部分のシリコン製微小ミラー部(約6 mm×8 mm)を、2本の梁で支える構造をしています。裏面にはパーマロイと呼ばれる磁性材料が2カ所に貼付されており、近接して設置された電磁石に周期的な信号を流すことで機械的な共振運動が発生します。下図(b)は検討された共振周波数シミュレーションの一例で、ミラーの往復運動するときの共振周波数を満足し、かつ十分な強度が得られるように梁の太さと長さに決定しました。下図(c)は実際の光スキャナで、ミラー部後方に見えるのが電磁石になります。

光スキャナ
MEMSミラーの作成方法を簡単に紹介します。シリコン基板の両面にアルミを蒸着し、裏面側にはパーマロイ固定用穴加工のためフォトリソグラフィ技術によるパターン作成とエッチングをします。次に表面側からミラーを形成するために深くエッチングし、最後に反射率を上げるためにクロムと金を蒸着します。エッチングはディープRIE(Reactive Ion Etching)と呼ばれる深堀用の専用エッチング装置が用いられます。このようにして上図のMEMSミラーが形成されます。完成したMEMS光スキャナは当社従来製品で用いられていた音叉型に比べて、消費電力1/10、サイズ1/2となったうえ分解能も約2倍の性能を達成し、レーザ外形測定機の新製品に搭載され製品差別化に貢献しました。

ミラーの製造工程概略図
波長掃引光源への応用
光ファイバセンサ技術は続発する自然災害対策として傾斜地の地滑りや河川水位の監視、および橋梁やビルなど大型構造物のヘルスモニタリングに利用できることが知られています。特にFBG(Fiber Bragg Grating)センサは精度や応用範囲の広さから注目を集めています。FBGセンサの原理はファイバの一部に設けられた回折格子に外部応力や温度変化が加わると、反射する光の波長が変化することを利用しています。光源にはハロゲンランプやSLD(Super Luminescent Diode)などの広帯域光源、または波長掃引光源が使用できます。波長掃引光源を使う方法は、光エネルギーを集中することで高性能が得られることから、我々は保有する光スキャナ技術を応用してこの光源を開発しました。右上図のように、レーザ部は片側を無反射コートした半導体レーザ(LD)、アイソレータ、コリメートレンズとともに窒素封止され、ファイバ出力します。フィルタ部はMEMSスキャニングミラ、回折格子を使ったリットマンタイプであり、LDとMEMSミラーとの間で共振器が構成されています。これにより1520~1580 nmの波長を1.4 msecで掃引することができました。
また2007年に本光源を光サーキュレータ、受光器、駆動系や信号処理ボードとともに一体化したFBGセンサモニタSF3041A/3011Aを開発しました。この装置はFBGファイバの歪信号の高感度検出に成功しており、実際の現場で利用可能であることを実証しました。一例として、このセンシングシステムが海底に設置されたFBGセンサの変位を陸上から監視できることを確認できました。

FBGセンサモニタの原理

波長掃引光源の構成
新波長掃引光源への展開
初代波長掃引光源は波長揺らぎが小さいもののマルチモード発振しているため、光出力変動が大きい問題がありました。そこで光源全体のコンパクト化と波長掃引時のモード変化抑圧のため、2011年に波長掃引光源モジュールを新設計しました。これにより掃引全領域でモードホップフリー、かつシングルモード発振が実現した現行製品の形になり、眼科医用機器にも採用されました。また、FBGファイバセンサモニタもリメイクされ、旧型のSF3041A/3011Aと比較して新型のAR4041A/4011Aは光源部の大きさ1/50、信号処理回路も大幅に小型化することで結果的に装置として体積・質量ともに約4割の低減に成功しました。

我々はこれらの成果を学会で多数報告したところ、大手ゼネコンや重工メーカなど様々な引き合いを頂くとともに実際に研究開発用に活用されました。しかし、長期の事業継続にはサポート体制が十分でないといった問題もあったため、当社は波長掃引光源本体にリソースを集中しました。現在製品化している光源はベンチトップ、ビルトインユニットおよびモジュールの3タイプをラインナップしており、各種ニーズに対応できます。いずれも位相連続かつモードホップフリー掃引が可能で、特定の条件では最大100 m以上のコヒーレンス長を実現しています。OFDR(Optical Frequency Domain Reflectometry)といった実際の光干渉測定システムに適用するデモを実施できますので、興味があれば当社までお問い合わせください。

現在の波長掃引光源ラインナップ
アンリツの波長掃引光源はMEMS技術を応用した光スキャナからスタートし、長年にわたり光源とシステムを試作検討してきた結果、現在の高性能製品に結実しています。波長掃引光源による光センシングは医用・化学分野のOCT計測、工業分野の表面形状計測、インライン検査、振動計測、およびインフラ構造物の健全性診断など応用分野が広い技術です。当社では飛翔体のモニタリング、建築構造物の管理、部品類や宝飾品等の外形測定/内部観察など多方面からのお問い合わせを頂いています。
アンリツは本光源を光センシングにおける中核製品として位置付けており、今後発展を続ける光センシング市場に伴って、安全安心な社会の実現に貢献してまいります。
アンリツのデバイス開発ヒストリーシリーズは今回で終了です。これまでお読みいただきましてありがとうございました。センシングデバイスカンパニーのデバイス講座に関連サイトがございますので併せてご参照いただけます。