デバイス開発ヒストリー
光デバイス(2)~プロセス技術の変遷~
基本的な光デバイスは、発光層となる波長の長い組成を持つ半導体(活性層)を、短い半導体(クラッド)で挟んだ積層構造をしています。性能と信頼性改善のために、基板上に形成する結晶品質の向上と基板と積層する半導体の結晶格子の正確な整合が重要です。LDの発振波長は活性層となるInGaAsP(インジウム・ガリウム・ヒ素・リン)の配合比率で決まり、その厚さはおよそ0.1 µmという薄さです。したがって正しい組成と結晶格子の半導体結晶を薄く、欠陥なく基板上に成長していくか、というのが初期の大きな課題でした。

基本的な光デバイス構造
1. 結晶成長装置の変遷
液相成長法
液相成長法(LPE: Liquid Phase Epitaxy)は溶けた半導体材料に基板を接触させて析出させる成長法です。まず溶液溜の中に成長させる半導体の溶液を高温で十分に溶かしたうえで成長順に配置します。次に基板が入っているホルダをスライドさせて、溶けた溶液に基板を接触させます。この状態で徐々に温度を下げていくと、溶液中に溶けきれなくなった半導体材料が基板上に析出します。半導体層が所望の厚さになったところで次の半導体溶液に基板をスライドさせて、同じことを繰り返します。層の厚さは温度を下げる速度と時間によって制御します。

液相成長装置の模式図
形成される半導体層の組成や発光波長は、溶液中の元素配合比率で決まります。このため溶液溜に入れる材料別に重さを測って目標となる重量比になるように組み合わせます。このとき電子天秤を使ってμg単位まで厳密に調整する必要があり、合わない場合は材料をメスで削って合うまで繰り返します。これを各層の材料ごとに行います。組み合わされた材料も溶かした直後は溶液中に偏在しているため、使用前に予め各元素が均一になるように十分溶かし込んでおくなど、事前準備が必要でした。
LPE法は比較的簡単な装置で、基板の結晶格子に整合した良質な層が得られるメリットがあります。当社では1975年にこの装置を導入して本格的に光デバイス開発に着手し、光パルス試験器用のLDなど多くの製品を世に出してきました。欠点として成長できる層の種類は溶液溜の数で決まるので複雑な多層構造の作成は難しいこと、0.1 µm以下の薄い膜を再現性良く成長できないこと、成長できる基板のサイズが限定されることなどがあり、今日では次に挙げる気相成長法に移行しています。
気相成長法
LPE法では作成する結晶の原料を液体状態で供給しますが、気相成長法(VPE: Vapor Phase Epitaxy)では気体の状態で材料を供給して基板上に直接結晶を形成します。材料を基板上で熱分解などにより製膜する化学的な方法、真空蒸着のように供給する物理的な方法をはじめ、多くのバリエーションがあります。いずれの方法も高精度で均一な結晶を作成できる特長があります。前者の代表格に有機金属気相成長法(MOCVD: Metal Organic Chemical Vapor Deposition)、後者の代表格に分子線エピタキシー法(MBE: Molecular Beam Epitaxy)があります。近年のLDの活性層は上述のような単層ではなく、数原子層の非常に薄い半導体層を複数積み重ねる量子井戸構造が採用され、性能が飛躍的に向上しました。
MOCVD法は常圧または低圧の環境下で有機金属を含む原料ガスをバランスよく流して、加熱された基板上で原料ガスが熱分解を起こすことで所望の半導体層を成長させる方法です。原料ガスの混合比を変えることでさまざまな結晶を形成できるうえ、多数枚のウエハ成長にも対応するため量産用として幅広く使われています。しかし、毒性の強いガスも多く安全対策には気を使います。当社では1990年にはじめてこの装置が導入され、今でも現役で活躍しています。

MOCVD装置の模式図
MBE法は高真空中で材料を加熱蒸発させてビーム状に飛ばし、基板上に直接成長させる方法です。膜質は各材料の蒸着量を制御することで行い、成長しながら膜質評価することもできます。このため単原子層ごとの成長が可能であり厳密な製膜が得意で、今でも研究開発用としてよく使われている方法です。しかし、非常に高い真空度を要求することから維持管理に手間がかかること、成長速度が遅いうえ多数枚成長に向かないなど、あまり量産用に向いた装置とはいえません。

MBE装置の模式図
2. 後工程の進展
結晶成長を終わったウエハは電流を流せるように電極プロセスの後、LDチップに分割されます。セットアップしておけば装置が自動処理してくれる自動機などという便利な装置は当然なく、全てマニュアルでの作業でした。
研磨
光デバイスは基板の上層部の数µmのところに活性層が位置しています。基板は普通300~400 µm程度の厚さがあるので、実はほとんどが使わないエリアなのですが、初めから薄いと取り扱いが難しくなるのでこの厚さになってます。成長が終わったウエハは研磨機を使って120 µmくらいまで削り、最後は手作業で約100 µmにします。ベテランになると触った指の感触で厚さが分かったようです。薄く削りすぎると反りが発生するうえ、ペラペラになって持つ時に割れる可能性が高くなります。仕事を覚えて間もない新人がウエハの表裏を間違えて研磨したら活性層がなくなっていた...、なんていう笑えない事件もありました。
電極
半導体ウエハに複数の層からなる金系の金属と金メッキを付ける工程です。当初、電極パターンなどはなく表と裏に金属を蒸着するシンプルな工程でした。電極工程は構成材料、製膜方法、アニール(加熱)条件によりトラブルが起きたり、抵抗が増えたりするので重要な工程です。装置によってもかなり性質が変わるので、新しい装置が導入されると事前に製膜条件を十分調査しておくことが必要です。このように電極工程は一見地味ですが、特性や信頼性に影響する可能性もあり未だに改善が続いています。
へき開
電極工程の後、ウエハを個々のLDチップに分割する工程をへき開工程と呼びます。シリコンウエハなどではチップ分離は円盤状の刃物で切断しますが、LDでは切断面をレーザの反射鏡として使用するためこの方法が使えません。一般に鉱物や結晶などは原子同士の結合が弱い部分に沿って割れる性質があります。これをへき開といい、それによって割れた面は平滑な面をしています。化合物半導体結晶はこの特性を使ってウエハ分割をしています。ウエハの成長面を下にして置きフィルムでカバーした上から、手術用メスでウエハの角に刃をあて少し力を入れると結晶面に沿って割れます。これを繰り返してチップの大きさまでカットしていきます。当初のチップサイズの幅400 µm 共振器長300 µmまで顕微鏡下において、手作業で分割する必要があり器用な人しかできない工程でした。現在はすべて自動機で処理されており、この作業を知る人は少なくなりました。

へき開工程
ボンディング
まずLDチップはパルス電流で粗選別します。はじめは良品率が非常に低く、宝探しのようにお祈りしながら評価するような状態でした。静電気対策の知識もほとんどなく、冬場はサージで頓死するLDもありました。良品チップをヒートシンクに搭載する工程をボンディングといい、下から銅製ヒートシンク、ダイヤモンド サブマウント、LDチップの順で積層され、ハンダにより接合されます。
ハンダ材は製品仕様では金スズを使いますが、実験段階では柔らかいインジウムハンダを使いサブマウントなしで直接ヒートシンクにボンディングすることもありました。ダイヤモンド製サブマウントは電極がついた状態で購入してきますが、そのまま直接ハンダ付けすることは困難でした。そのため予めハンダ材をコーティングしておく必要があり、手間がかかりました。多くの作業者が並んで一日中ボンディング装置と向き合っている姿は印象的でした。

初期のLDチップ部拡大
現在はセラミック製ヒートシンクへの直接搭載方式に変わり、ハンダ材も最初からパターン成形されているものが購入できるうえ自動機で処理されており、隔世の感があります。現在でも研究開発用など少数品は手早くできるので、自動機ではなくマニュアル機で行うなど使い分けています。下図は現在の光デバイスの例でチップオンキャリア製品の半導体光増幅器です。LDの構造、工程の詳細は当社Webサイト センシング&デバイス中のデバイス講座で詳述していますので参考にしてください。

現在の光デバイス