豊橋技術科学大学(学長 大西 隆、愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1 )とアンリツ株式会社(社長 橋本 裕一、神奈川県厚木市恩名5-1-1)は、共同で「ワイヤレス伝送路のkQ測定システム」を開発しました。
本測定システムは、豊橋技術科学大学 未来ビークルシティリサーチセンター長/教授 大平孝が開発したワイヤレス電力伝送システム[※1]の本質的な設計指標であるkQ[※2]積の計算方法をアンリツがソフトウェア化し、ShockLineシリーズ゙ ベクトル・ネットワーク・アナライザMS461xxA/MS463xxA/MS465xxBに標準搭載したものです。
ShockLineシリーズを利用することにより、kQ積をリアルタイムに掃引し、表示できます。
これにより、下記が可能となり、高効率なワイヤレス電力伝送路の構築に貢献いたします。
○ 送受電間の位置を変化(走査)させて最適な伝送効率を求めることが可能
○ 構造・寸法の改善ポイントの早期発見により開発効率の向上が可能
○ 最適な伝送周波数の構造パラメータ依存性のスピーディな発見が可能
ワイヤレス電力伝送は、家電機器や電気自動車への非接触給電、エネルギーハーべスティング[※3]など様々な応用が期待されています。
豊橋技術科学大学とアンリツは、kQ積のリアルタイム評価を可能とする測定システムを共同開発したことにより、ワイヤレス電力伝送システムの円滑な普及に貢献いたします。
なお、本測定システムの内容の一部は総務省プロジェクトSCOPE(戦略的情報通信研究開発推進事業) #01590001の業績です。
[開発の背景]
ワイヤレス電力伝送システムを構築するには、高周波電源部から負荷へ非接触でエネルギーを送り届ける「ワイヤレス伝送路」が必須です。
ワイヤレス電力伝送システムの開発では伝送効率の検証が必須となっています。
従来はこの指標として「結合係数k」が用いられてきましたが、電力の伝送距離が長くなるとkが小さくなり、伝送効率が低下すると考えられていました。
しかし、2007年にMIT(マサチューセッツ工科大学)がコイルのQファクタ(Quality Factor)に注目し、遠距離つまり小さなkでもQが高ければ伝達可能性が高まると発表しました。
これにより、kとQの積が高まれば高効率な伝送路が構築できることが証明されたことから、kQ積がワイヤレス伝送路の本質的な設計指標として注目されました。
豊橋技術科学大学とアンリツは、kQ積の測定における共同開発を実施し、ベクトル・ネットワーク・アナライザでkQ積のリアルタイム測定を可能としました。
さらに、kQ積からtanθ(効率正接)を介して導き出されるワイヤレス伝送路の最大効率ηmax(文献3)も同時に計算表示する機能も実現しました。今回開発した測定システムを使用することにより、ワイヤレス電力伝送路のアンテナ等の試作及び設計効率を大幅に改善できます。
[測定システムの概要]
今回開発した「kQ測定システム」は、豊橋技術科学大学 未来ビークルシティリサーチセンター長/教授 大平孝が考案したkQ算出手法とアンリツのベクトル・ネットワーク・アナライザMS461xxA/MS463xxA/MS465xxBがベースとなっています。
本測定システムを利用することにより、ワイヤレス伝送路の設計指標であるkQ値をリアルタイムに測定できます。
[主な特長]
■電界結合[※4]、磁界結合[※5]、電波放射[※6]などあらゆる結合方式に対応可能
・ワイヤレス伝送路を構成する相反部品[※7]や構造をブラックボックスとし、高周波入出力ポートから見たインピーダンス[※8]からkQ積を算出表示
■研究開発の質・効率を改善
・送受電間の位置を変化(走査)させて最適な伝送効率を求める
・構造・寸法の改善ポイントを早期発見することにより開発効率を向上
・最適な伝送周波数の構造パラメータ依存性を素早く見いだす
[技術情報]
1.kQ積について
Kはワイヤレス伝送路の結合係数を示し、Qはコイルの品質を表します。kQ積はこのkとQを掛けたものであり、高周波電源と負荷のインピーダンスに関係なくワイヤレス伝送路の本質的な性能を示すことができます。(参考文献1)
2.kQ積の算出方法
ワイヤレス伝送路を最も単純化すると下図となります。2つのコイル(ループ)を近づけて配置します。片方のコイルに高周波電流を流すと他方のコイルにも電流が誘導されます。これを回路図で示すとトランスと等価です。
ここで、コイルの自己インダクタンス[※9]をL、コイル間の相互インダクタンスをMとすると、結合係数kは、k = M/L です。また、高周波電源の角周波数をω、コイルの内部抵抗をRとするとQファクタは、Q = ωL/R です。これらから kQ = ωM/R となります。
<ワイヤレス伝送路の単純モデル>
このような単純モデルでは、手計算でkQ積を求めることができます。
しかし、現実のワイヤレス電力伝送システムには、電界結合・磁界結合・電波放射など複数の方式があるとともに、伝送路の構造も複雑多様であり、上述のような簡単な数式では計算できません。
<kQ積の汎用的な算出方法>
豊橋技術科学大学とアンリツが開発した測定システムは、この課題を解決し、あらゆる方式に対応して、任意構造のワイヤレス伝送路から汎用的にkQ積を求めることができます。
まず、ワイヤレス伝送路を下図に示すようなブラックボックスととらえます。
この図では、#1が高周波入力ポート、#2が高周波出力ポートを示し、ボックスの中にはコイル、コンデンサ、抵抗、トランス、伝送線路、プリント基板、ケーブル、立体回路、アンテナ(近傍界・遠方界)、自由空間[※10]、散乱体[※11]、吸収体[※12]などあらゆる相反部品が含まれていると仮定します。
ワイヤレス伝送路のインピーダンス行列(Z行列)をベクトル・ネットワーク・アナライザで測定します。得られたZ行列を実部Rと虚部Xに分解(Z = R + jX)し、これらの要素を上述のkQ公式に代入することにより、kQ積を算出します。(参考文献2)

「第一kQ定理」
<kQ積とηmaxの関係>
kQ積はワイヤレス伝送路の最大効率ηmaxとの間に下記関係があることが発見されました。(文献3)

「第二
kQ定理」
θはkQとηmaxを結びつける媒介変数です。tanθを「効率正接」と呼びます(誘電正接 tanδと類比の考え方)。上式の関係をわかりやすくチャートに描くと下図のようになります。
このチャートが示している通り、高効率なワイヤレス伝送路を構築するには、第一にkQを高めることが必須です。これは外部にリアクトル素子を設ける前に考える必要があることを意味しています。なぜなら、一旦伝送路で失われたエネルギーは外付け素子をいくら付加しても取り戻せないからです。つまり、kQこそが、ワイヤレス伝送路の本質的な設計指標であるということです。
<参考文献>
[1] A. Kurs, et. al., “Wireless power transfer via strongly coupled magnetic resonators,”Science, vol.317, pp.83-86, July 2007.
[2] 大平 孝, “ワイヤレス電力伝送の最大効率公式,” 電子情報通信学会誌, 第98巻, 第6号 pp.512-514, 2015年6月. Copyright © 2015, IEICE
[3] 大平 孝, “ワイヤレス電力伝送のkQ積入門,” 電子情報通信学会誌, 第98巻, 第10号, pp.885-887, 2015年10月. Copyright © 2015, IEICE
[用語解説]
[※1] ワイヤレス電力伝送システム
電源ケーブルを使用せずに、無線伝送路を利用して電力を伝送するシステム。
[※2] kQ
ワイヤレス電力伝送の性能を表す指標の一つであり、大きな値ほど電力を伝送する能力が高いことを示している。
[※3] エネルギーハーべスティング
周囲の環境から微小なエネルギーを収穫(ハーベスト)して、電力に変換する技術のこと。
[※4] 電界結合
ワイヤレス電力伝送技術のひとつで、送電側と受電側の電極間に生じる電界の結合により電力を伝える方式をさす。
[※5] 磁界結合
ワイヤレス電力伝送技術のひとつで、送電側と受電側のコイル間を通る磁界の結合により電力を伝える方式をさす。
[※6] 電波放射
ワイヤレス電力伝送技術のひとつで、放射された電波により電力を伝える方式をさす。
[※7] 相反部品
入力ポートと出力ポートを入れ替えても伝達特性が変わらない部品。必ずしも左右対称構造である必要はない。
[※8] インピーダンス
交流回路において電流と電圧の比で表されるパラメータで、交流電流に対する抵抗の性質を意味する。
[※9] インダクタンス
コイルを流れる電流の変化によってそのコイルまたは隣接するコイルの両端に誘起される電圧の割合。
[※10] 自由空間
電磁波が周囲の障害物による反射や回折などの影響をうけずに伝わることができる空間。
[※11] 散乱体
到来した電磁波を複数の方向へ反射する物体。電波散乱体とも言う。
[※12] 吸収体
到来した電磁波を物体内部へ吸収し内部で熱エネルギーへ変換するもの。電波吸収体とも言う。