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グラフェンのナノスケール微細加工技術を確立

研究の背景

グラフェンは炭素原子が蜂の巣型に結合した(ハニカム格子構造)、原子ひとつ分の厚さのシートです。その究極ともいえる薄さに加えて、強く、しなやかな機械的特性と高い移動度など優れた電気特性を有するため、次世代のデバイス素材として期待と注目を集めています。線形バンド分散という単層グラフェンの特異な電子状態は学術的にも注目を集めていますが、産業的にはグラフェンが積層した多層のグラフェンも注目されています。本稿では、単層から数10層までのグラフェンを「グラフェン」と総称します。

ナノメートル(10億分の1メートル)スケールのデバイスでは、小型化により多くの利点が期待される一方、従来のマイクロメートル(100万分の1メートル)スケールのデバイスでは無視されていた効果が顕在化します。例えば、全体に占める端の割合が増えるので、端の状態を理解し、制御することが重要です。グラフェンの場合、蜂の巣状の結晶構造を反映して、ジグザグ型とアームチェア型の2種類の端構造が存在しますが(図1)、酸素プラズマエッチングなどの一般的な加工方法では端の構造まで制御することはできず、端は原子スケールでは凸凹したり、アモルファス状になったりしてしまいます。

グラフェンの端構造
図1:グラフェンの(a) ジグザグ型、(b) アームチェア型の端構造。

アンリツ先端研ではナノスケールのグラフェンデバイス作製に向けて、水素プラズマによるエッチングに注目して研究を進めています。これまでの研究から水素プラズマエッチングではグラフェンやグラファイト表面に原子スケールで整ったジグザグ型の端をもつ六角形のナノスケールの穴(ナノピット)が作製されることが知られていました[1,2]。加えて我々は、グラフェンのハニカム格子構造と同じ結合状態(sp2結合)が端に至るまで保持されていることを実験的に確認しました。これらの知見は、水素プラズマエッチングで作製される端が理想的なジグザグ端であることを示唆しています。

この水素プラズマエッチング技術を使ったグラフェン微細加工では、端が原子スケールでジグザグ型に整ったナノデバイスの作製が期待できます。これまでにも、水素プラズマエッチングによるグラフェンの加工はいくつかの研究グループにより試みられてきましたが、ひとつのグループから報告されている以外[3]、成功例は報告されていませんでした。今回我々は先の報告例とは異なる方法で、これに成功しました。

研究の成果

水素プラズマエッチングにはグラフェンに欠陥を作製し、それをジグザグ端の六角形ナノピットに拡げるというふたつの効果があります。そのためグラフェンを高温下で水素プラズマに曝すと、表面のランダムな位置に六角形ナノピットが形成されます。そこで水素プラズマによるグラフェン加工のためには、グラフェン上の意図した場所に六角形ナノピットを作製する必要があります。

これまでに報告されていた方法では、電子ビーム描画を用いた一般的な微細加工により六角形ナノピットを作製する場所を指定し、そこを酸素プラズマで削った後、水素プラズマエッチングすることで六角形ナノピットを配列していました[3]。しかし我々の実験環境では酸素プラズマで加工した下穴からはエッチングは選択的に進まず、微細加工していない場合と同様、表面のランダムな位置に六角形ナノピットが形成されていました。そこで本研究ではグラフェンに基板まで貫通する穴を開け、アモルファス状の端をもつ下穴を作製しました。こうした下穴を用いることで、水素プラズマエッチングは下穴部分から選択的に進み、六角形ナノピットを期待する位置に配列することに成功しました。

Graphene
図2:水素プラズマエッチングで加工したグラフェンの原子間力顕微鏡画像。(a) 約100 nm幅、約200 nm長さのジグザグGNRのネットワークと、(b) 約80 nm幅、約1 μm長さのジグザグGNR。スケールバーは500 nm。

図2 (a) は幅およそ100 nmのリボン状グラフェン(GNR)のネットワークの像です。下穴を矩形にすることで、長細い六角形ナノピットをつくることができるため、単一のGNRを作ることもできます(図2 (b))。貫通穴を開けることができれば、産業的に利用価値の高い数10層程度の多層グラフェンに対しても本手法は有効です。

研究成果のポイント

この加工方法により、端に至るまで一様なナノスケールのグラフェンを得ることができます。そのため端の状態という不確定要素を排除したデバイス設計が可能になります。また、端が原子スケールでジグザグ型に整っていることも特筆すべき特徴です。ジグザグ端では固有のエネルギーに電子が蓄積している(電荷密度が高い)ことが実験的に分かっています。そのためジグザグ端で挟まれたGNRではジグザグ端上に磁性が発現している可能性も指摘されています。

今後の展開

グラフェンをナノスケールの精度で加工できることは、FETや共振器といった従来型のデバイスをより再現性良く作製できるだけでなく、メタマテリアルなど新奇な素材としての活用も期待できます。加えて、ジグザグ型の端が示す特殊な状態はセンサーとしての性能向上につながる可能性がありますし、ジグザグ端での磁性(スピン偏極状態)を利用したスピントロニクスへの応用も期待されています。

謝辞

本研究は熊本大学大学院 先端科学研究部 基礎科学部門 物理科学分野(産業ナノマテリアル研究所併任)原研究室との共同研究として進めました。また文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」事業(課題番号:JPMXP09F21UT0045)の支援を受けて、東京大学武田先端知ビルクリーンルーム微細加工拠点においても実施されました。

参考文献

[1] T. Matsui, H. Sato, K. Kita, A.E.B. Amend, H. Fukuyama, The Journal of Physical Chemistry C 123, 22665-22673 (2019).

[2] A.E.B. Amend, T. Matsui, H. Sato, H. Fukuyama, e-Journal of Surface Science and Nanotechnology 16, 72-75 (2018).

[3] R. Yang, L. Zhang, Y. Wang, Z. Shi, D. Shi, H. Gao, E. Wang, G. Zhang, Advanced Materials 22, 4014-4019 (2010).